「ふっ普通の女中ですよ。
「ふっ普通の女中ですよ。ただ他の人より死にかけた回数が多いだけで……。」 頭がくらくらするからあまり揺らさないで欲しいが跳ね除けられずにされるがままに揺らされた。 「そんな危ない目に遭っちゅうんが?」 「遭ってますよぉ……。二年前に桜見た帰りに新ちゃんと辻斬りに遭った時はホンマに生死の境におりましたよ。 後は土方さんの女に間違えられてしょっちゅう殺されかけてるし,一回捕まって手縛られたまんま川に投げ捨てられたし。それも真冬の夜中ですよ?吉田さんが助けてくれんかったら死んでたし,乃美さんも最初の頃は私殺そうとしてたし,あっ吉田さんとの繋がりがバレて土方さんに拷問された時も死ぬかと思いました……。」 三津はあれやこれやと思い出しながら指折り数えた。それには坂本からも笑顔が消えて呆然と三津を見た。 「桂さん……この女子かなり悲惨じゃが……。」 「ちょっと色々事情が……。それを差し引いても普通の女子よりはある意味怖いもの知らずですね……。」 「差し引いてって何ー?これだけ死にかけたらもう怖いものないって思いますよぉ……。そうや辻斬りに遭った時の傷見ます?」 三津が帯を緩めてちらっと右肩を覗かせた。高杉と山縣がごくりと生唾を飲んだのを桂は聞き逃さなかった。 「脱がんでいいっ!」 三津の肌を見せてたまるか。botox眉心 桂が三津を背後からすっぽり腕に収めて隠した。 「冗談です。 新ちゃんとの思い出は形としはて何一つ遺ってなくて私の記憶にしか遺ってないから,ある意味この傷があって良かったです。湯屋には行き辛いけどこの傷は新ちゃんが私の傍で生きてた証ですね。」 三津は桂の胸に全体重を預けた。もうだいぶ眠くなってしまった。今日は寝ないように頑張ろうとしたのにどうしても瞼が下がってくる。 「私は三津に何を遺せる?」 耳元で聞こえる低い声が心地よく体に響いて三津は穏やかに笑みを浮かべた。 「小五郎さんは新しい世を,私だけやなくて長州のみんなの為に……遺せるんやないですかねぇ? 私は……置いて逝かれるのはもう嫌やから……出来れば私の方が何かを遺して先に逝きたいです。 私は小五郎さんの為に何を遺せますかねぇ?」 三津は微睡みながらゆっくり言葉を紡いだ。 「今のうちに遺して欲しいもの考えといてくださいね?一人になりたくないから,先に逝かせてくださいね……。」 そう呟いて三津の瞼は閉ざされた。 「嫌な事を言い残して寝たな……。どうせ起きたら覚えてない癖に。」 桂は苦笑しながら三津を抱く腕に力を込めた。「お嬢ちゃん寝たんか?面白い娘やのぉ。 桂さん,この娘の為に安心して暮らせる世を遺してやらんといかんなぁ。」 坂本は本当に寝たのか?と三津の頬を突いてみたがその手を桂に叩き落とされた。 「そうですね……。三津を部屋に連れてって来ます。坂本さんはどうぞまだ楽しんでてください。」 こうするのはこれで何度目かなと笑って三津を抱き上げて部屋へ連れ帰った。 翌朝目を覚ました三津はまたやってしまったと呟いて体を起こした。両脇には文とフサが眠っていた。 『二人がここに居るって事は……。』 三津は二人を起こさないようにそっと部屋を出て広間を覗きに行った。やっぱりみんなで雑魚寝だった。 『これまたセツさんに大目玉食らうやつ。』 三津は忍び足で広間に入り,呑み散らかされた徳利などを静かに集めて回った。その辺に転がった高杉や山縣を踏まないように気を付けた。この二人は別に蹴飛ばしてもいいんだけどと思いながら他の面々は起こさないように気を付けた。 「あぁ……三津か。」 背後からの声に大きく体が跳ねた。思わず悲鳴を上げそうになったのを咄嗟に両手で押さえた。 振り向くと入江が眠そうに目を擦って座り込んでいた。 「ごめんなさい起こしてもた。」 「いや,自力で起きた。おはよ,昨日もよく寝ちょったよ。」 入江はにっと笑ってこっち来てと三津を手招いた。三津は毎度すみませんと苦笑しながら入江の側に近付いた。