「参謀,お前はこれから毎日ここへ通え

「参謀,お前はこれから毎日ここへ通え。女将に会わずに済む口実になるだろ。だが松子には会わさんぞ。片が付くまでは許さん。」

 

 

『木戸さんに言われるならまだしも何故元周様に言われんといけんのや……。』

 

 

腑に落ちないが知恵と手を貸してもらえるのは思っても見なかった。藩主の後ろ盾があるのでは大違い。

 

 

「承知致しました。」

 

 

「こっちが動くまで上手くあっちをあしらえ。それから松子の居場所はくれぐれも漏らすなよ。いいな,高杉。」

 

 

「御意。」

 

 

「参謀,松子には会わせんが恋文代わりに何か歌でも詠んで行け。松子もさっき歌を詠んどっただろ?」

 

 

「歌……。」

 

 

入江は急にそんな事言われてもと黙り込んだ。botox眉心

 

 

「松子ちゃん和歌は寺子屋で習って少しは分かるって。今は源氏物語に夢中よ。」

 

 

それを聞いた入江は少し俯いて考え込んでから顔を上げた。

 

 

「君がため 惜しからざりし命さえ 長くもがなと 思いけるかな。」

 

 

「あら素敵。他には?」

 

 

「他っ!?」

 

 

何とか絞り出したと言うのに千賀に更に要求を受けた。それを上座から好奇の目で見る元周。その視線を受けながら入江は息を吸った。

 

 

「天地の 底ひのうらに 吾が如く 君に恋ふらむ 人は実あらじ。」

 

 

それを聞いた千賀はうっとりとした。

 

 

「必ず松子ちゃんに伝えるわ。喜ぶわきっと。」

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

この想いは伝わるだろうか。入江は深く頭を下げて想いを千賀に託した。

元周は相変わらずこっちがこそばゆいと小馬鹿にした。高杉と入江が帰った後,元周と千賀は揃って三津の様子を見に行った。

三津は真剣な眼差しで源氏物語を読み耽っていた。

 

 

「まーつこちゃんっ。読めない箇所はない?」

 

 

千賀の声にハッとした三津は瞬時に振り返った。

 

 

「はいっ!難しい所は教えていただけますし。

でもこの光源氏は駄目男ですね。小五郎さんも似たような物かと思うとちょっと複雑ですけど面白いです。」

 

 

三津はその本をじっと睨みつけた。それを見て二人は顔を見合わせて笑みを浮かべた。

 

 

「松子,琴や三味線は?習わんかったか?」

 

 

元周の問いには小さく首を振った。

 

 

「私は甘味屋に居候の身でしたのでそんな贅沢は……。それに以前は嫁ぐ気はなかったのでそのような事を身につける必要もなく……。」

 

 

「そうか。木戸の妻になったからには覚えておいて損はない。千賀,明日からはそれらを教えてやれ。

我はこれから少し出て来る。夕餉は共に食べる。松子,今日は一緒に呑もう。では行って参る。」

 

 

「畏まりました。行ってらっしゃいませ。」

 

 

千賀と三津はその場で元周の外出を見送った。元周の足音が消えてから千賀はにやけながら三津の手を取った。

そして入江が詠んだ歌を三津に詠んだ。

 

 

「君がため 惜しからざりし命さえ 長くもがなと 思いけるかな。

 

天地の 底ひのうらに 吾が如く 君に恋ふらむ 人は実あらじ。

 

知ってる?この歌。」

 

 

「多分習ったと思いますけど和歌は数が多くて……。」

 

 

「そうね。この手の歌は恋をした事がないとあまり記憶に残らないかも。

初めの物はね,あなたの為なら惜しくないと思っていた命だけど,想いが通じた今はあなたと長く一緒にいたいと思うって歌。

その次は,天や地の果てまで探しても,こんなにあなたに恋しているのは私しかいないって歌。」

 

 

千賀が嬉しそうに教えてくれるのを三津は首を傾げながら聞いていた。それが何か?と目を丸くする。

 

 

「貴女の為に参謀さんが詠んだわ。」

 

 

「えっ!?」

 

 

「貴女に逢いたくてここまで来てたの。主人が意地悪してそれを許さなかった。でもその代わり伝言は伝えると。それで彼はこの歌を。」

 

 

どう?心に響いた?千賀はにこにこ笑って三津が感想を述べるのを待った。

 

 

「来てたんですか?ここへ?」

 

 

「そう。」

 

 

「何で?」

 

 

「やぁねぇ,松子ちゃんに逢いたいからよぉ。

町の噂なんて所詮噂。事実は別物。彼の心は松子ちゃんにあるの。」

 

 

単なる慰めではないのだろうか。半信半疑ながらも,千賀は信頼出来る相手だと体は感じている。だからその事実がどれほど胸を打ったか。